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Opus.92

LPレコードの感想など。

ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 ブルックナー交響曲第2番ハ短調(1877年稿ハース版)

このブログもかなり間があいてしまったが、ようやく再開する時間を見つけることができた。どうも腰を痛めてからはブルックナーを聴く気持ちが起こらず、うだうだとしていたような気がする。何が原因かといろいろと錯誤してみたが、やはり筋力の衰えからくるもののようだ。いろいろと整骨院とかに通ってみたが、結局はそういうことらしい。整骨院の方によると、腰痛というのは、単独で痛みが発生するこはなく、周辺の筋肉の衰えや体の歪みが堆積して、結果として発生するものとのこと。大腿筋をストレッチを始めて2週間になるが、かなり改善してきたような気がする。
1969年録音。第1楽章はシャープで激しい自然の起伏を柔らかく美しい音で透明感を持たせた演奏。特に低弦の安定感も含めてコンセルトヘボウならではの音色と言える。抽象的で印象的な第2楽章ではさらに弦楽器の魅力を感じさせれてくれる。確かにとりとめもなく展開する楽章ではあるが、ハイティンクの繊細さとそれに呼応するオーケストラの能力を十分に堪能できるともいえる。この楽章の途中でB面への裏返しが必要。

第3楽章は後期のブルックナーを感じさせる動的な迫力を楽しめる。第1、2楽章の淡々とした色合いからの変化が面白い。大胆にかつ大きな歩幅で堂々と描いた演奏は感動的に終わる。さらに複雑構成化した第4楽章では前半の粗々しい演奏を経て、途中の休止後のコラールの美しさをより印象的なものにしている。主題が再び登場するところではさらに彫りの深い構成を聴かせており、えも言われぬ感動でコーダを締めくくる。ハイティンクの全曲を通した音楽構築感覚の上手さ、ストーリーテラーとしての落ち着いた指揮裁きを味わえる。

ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 ブルックナー交響曲第1番ハ短調(リンツ稿ハース版)

ハイティンクがACOと録音したブルックナー全集。ボックス番号は6717 002。12枚組でずっしりと重い。PHILIPS、英国プレス。

実は昨年末からこのブルックナーの全集を聴き始めたのだが、クリスマス、お正月というお祭りの雰囲気とは似つかわないので、なんとなく筆が止まっていた。2017年はブルックナーから始まることになったが、今年はじっくりとブルックナー沼にはまったりしながら音楽を聴く機会をさらに増やしたいと、年頭の目標を立てたところで、え、ハイティンクで1番?ということになる。LP時代のブルックナーならヨッフムとかが正統っぽいし、ハイティンクのブルックナーと言えば9番だが、全集ですからね。順番通りに聴かないと。0番よりも先にこのブログを書いてますが。。。

ハイティンク、ACO、PHILIPSと来て、やはり録音の良さがまず嬉しいところ。これは1972年の録音だが、ACOのまろやかさがなんともいえない芳醇さを加えている。2楽章での自然の風景を印象的に描いた曲想がなんと言っても素晴らしいが、ACOの上品すぎるぐらいの色彩で満たされる。1、3楽章のリズム感がいかにもハイティンクらしく確実で落ち着いた音楽の進め方である。全体で鳴っている時も非常に透明性がある響きで、明るい光で演奏が照らされている。オルガンの響きと比喩されるブルックナーの交響曲であるが、ハイティンクの捉え方は、確かにそうかもしれないが何かもう少しシンフォニックな構成を大切にしたもののように感じる。4楽章ではACOの響き、特に弦楽器の芯が揃った演奏にレベルが最高水準に達していることを思わせる音を聞かせる。1972年といえば、ハイティンクとのコンビが熟してきた丁度良い時期でもある。

DECCAレーベルで近年リリースされた全集のCDがあるので、試しに聴いてみた。CDで聴いてもそれなりに聴き応えがあるところがハイティンクの演奏らしいが、やはり音の採り方、拾い方が違い、カッティングエンジニアの感覚が40年前とは、そりゃそうだろうと思うが、かなり違うようだ。CDで聴きとれる程に、ハイティンク、ACOの音が当時ハイカラかつ劇的あったとは私には思えず、もう少し湿り気があり、影があるような気がする。

グラモフォン誌 1984年10月号から サイモン・ラトルとロスフィル 

サイモン・ラトル指揮、ロサンジェルス・フィルハーモニック管弦楽団によるラフマニノフ交響曲第2番が表紙となっている。まもなくベルリンフィルの芸術監督兼首席指揮者まで上りつめたラトルだが、ロスフィルの主席客演指揮者を1981年から1994年という長期に渡って努めていた。ただ、録音は少なく、このラフマニノフの録音が恐らく唯一のものと思われる。

記事では、次のようなエピソードが紹介されている。
ラフマニノフ交響曲第2番をロスフィルと最初に演奏したのは、5年前になるが、その時は、ラフマニノフ自身が同曲を振った際に在籍していた団員がまだ残っていた。ラトルは「完全版」の録音を行ったが、ラフマニノフはかなりカットして演奏していたようだ。(「完全版」というのが宣伝文句なだけにちょっとした皮肉である。)

ただ、興味深いのは、DG社がジュリーニとロスフィルの録音では、その本拠であるドロシー・チャンドラー・パビリオン(Dorothy Chandler Pavilion)を一切利用しなかった(ヴェルディ「ファルスタッフ」のライブ録音を除いて)のに対して、EMIが果敢にそのホールに挑戦したことだ。(この記事では詳しく書かれていないが、同ホールはクラシック音楽の録音には向かないようだ。)「(録音に関する諸問題を)マイケル・シェディ(Mike Sheady)が一気に解決したよ。」とラトルは述べている。(ラトルとシェディは頻繁に録音を行っている。)

グラモフォン誌 2004年8月号から

ティーレマン ベルリン・ドイツ・オペラを辞任

2007年まで(1997年から)の契約であったが、ティーレマンが要求していた財政支援を断られたため、抗議の辞任となった。(記事終わり)

スコティッシュ・オペラ 大量解雇

財政難に喘ぐスコティッシュ・オペラは208人居たスタッフの4割カットを行うことに同意した。約120名(オーケストラメンバー53名を含む)まで減らされた。なお、解雇されたスタッフの多くは、技術、総務、コーラスの人間であった。労働組合は断固非難しており、「スコットランドにおけるオペラの水準を維持する上で死に値する」とした。(記事終わり)

ジャクリーヌ・デュ・プレのエルガー協奏曲録音から40年

デュ・プレがバルビローリとエルガー協奏曲を録音したのが1965年8月19日木曜日。それから40年が経過する。記事では、この録音に纏わるエピソードを紹介している。興味深いのは、EMIは当初、エイドリアン・ボールトを指揮者として検討したようだ。ただ、イギリス国外での販売に見込みが立たず断念。その後、ローレンス・コリングウッドを検討、これも商業的理由で断念。その後、1964年にアビーロードスタジオでテスト録音中のバルビローリと折衝して快諾をもらった、と記事では紹介されている。また、バルビローリとデュ・プレ、エルガー協奏曲の深い縁についても記述している。まず、バルビローリはロンドン交響楽団でエルガー指揮の初演に参加しており、自身がチェロ独奏者として3回目の演奏を1921年に行っている。また、デュ・プレが11歳の時に参加したスジア・ギフト賞の審査員がバルビローリであったことから、彼女のキャリアに深く影響したとされる。

バレンボイムの回想も短く紹介されており、「彼女は非常に自由であり、。。。彼女が今何をしようとしているのか、何故それをしようとしているのか?」と問うてはいけない、と述べている。なお、グラモフォン誌の取材ということで、彼女が英国的か?という問いに、「彼女が、常に自己抑制が効いている英国人的では無いと言われるが、それは必ずしも正しく無い。なぜなら、気ままな英国人だって沢山居るでしょ。」とリップサービスも加えている。

ジャクリーヌ デュ プレの生涯・

 

グラモフォン誌 2004年5月号から

バレンボイム シカゴ交響楽団の音楽監督を2006年10月に退任。

バレンボイムの任期は15年。CSOの商業的活動(non-artistic activities)と彼の音楽方針が合わなかったとした彼のコメントを出した。CSOとは1969年から続き翌1970年には既に指揮台に立つ。同年、ドヴォルザーク(デュ=プレ)の録音を手がけ、1989年にはショルティの後任として1991年からの音楽監督に選ばれた。(記事終わり)

 この後、2010年からムーティがCSOの音楽監督を務める。

ケント・ナガノ モントリオール交響楽団の音楽監督に2006年から就任が決定。

フランス国立リヨン歌劇場(1988年-1998年)、ハレ管弦楽団(1991年-2000年)の音楽監督を歴任。シャルル・デュトワが2002年4月にパワーハラスメント、及びリーダーシップの欠如により辞任させられた後を埋める。(記事終わり)

なお、デュトワがモントリオール交響楽団の指揮台に再び戻ったのは2016年2月のようだ。

また、ケント・ナガノの後、リヨン歌劇場は現在大野和士が主席指揮者を務める。

ジュリーニ 90歳の誕生日

5月9日に90歳を迎えたジュリーニ。1964年にロンドン、ロイヤルフェスティバルホールにてライブ録音されたベルディ、レクイエム(フィルハーモニア管弦楽団、リガブーエ、バンブリー)がBBC Legendから5月3日にリリース。これはBBCテレビにて放送されたものを再録したもの。同第2弾として翌月にシューベルト、グレイト交響曲が発売。(記事終わり)

その後2005年に死去したジュリーニだが、90歳になってなお、関連CDが販売されるなど人気は衰えていなかったことが判る。

なお、現在ではDVDも販売されているようだ。

ジュリーニのグレイト。

 

エーリッヒ・ラインスドルフ指揮ボストン交響楽団 ベートーベン交響曲第9番ニ短調作品125「合唱」

とうとうこの全集も最後。第1楽章。時間幅を持った重厚な響きを印象的に聴かせながら、各セクションの対比が効果的に際立つ演奏はラインスドルフならでは。色々な音があちこちから聴こえ重なり合ってくる様は、この曲の複雑な構成を物語っており圧巻ともいえる。スコアを見ながら聴くにはたまらない魅力だろう。コーダの部分での曲を強引に押すような流れは非常に特徴的であり、多くの感動を残して終わる。

第2楽章のような構造的な仕組みで進行する音楽ではラインスドルフの特徴をより強く感じることができる。一つ一つのフレーズを微妙なアーティキュレーションを存分に聴かせる様は、ボストン交響楽団の反応の素晴らしさと相まって飽きさせない。

ゆっくりとしたテンポに設定した第3楽章では、各セクションをかなり自由に歌わせておりのびやかでかつ積極的な表現となっている。楽器のバランスも良く各旋律をクリアに聴くことができる。

第4楽章。冒頭のチェロとコントラバスによる断片的なメロディ部分は、柔らかくかつ凝縮された音で展開され深い味わいを示す。独唱陣ではプラシド・ドミンゴに集まり、実際明るく伸びやかな歌声は充分にドミンゴを感じさせるものであるが、全体にはランスドルフの意向を充分に具体化した統制の取れたバランスとなっている。ただ、途中スケルツォの管弦楽だけで演奏される部分の完成度が高く、そちらの方に耳が惹かれる。 また合唱の重ね方も、これまで幾度も聴かせた弦楽器の重ね方の絶妙さと同様にバランスが整備されており非常に聴きやすい。合唱が鳴っている部分でもしっかりと弦楽器部分を聴くことができ、ボストンシンフォニーホールの響きがその残響の中に充分に楽器群が識別できる要素を保持したものであることが判る。最後は意外なテンポでの後奏で終わる。

これでベートーベンの交響曲全曲を聴き終えた。最初はRCA録音の特徴が掴めずに難儀したが、ラインスドルフの語法に慣れてくるに従って、展開される音楽が非常にシンプルでかつ芸術性に富んだものであるのに気づいてきた。その底知れぬ表現力とそれを支える感覚の多彩さはなかなか巡り会うことはできないものであると感じる。

エーリッヒ・ラインスドルフ指揮ボストン交響楽団 ベートーベン交響曲第8番ヘ長調作品93

ここまで聴いてくるとラインスドルフの語法をたっぷりと理解することができるため、それが第8番の演奏をより魅力的なものにしてくれる。冒頭から素晴らしい和音を聴かせた後、淡々と演奏が進むところは相変わらずであるが、その丹念に計画された表現を積み重ねる手法から、1楽章は意外とトゥッティで鳴っている部分が多いことに気づかされる。この曲の演奏が難しいとされる所以かも知れないが、オーケストラのバランスを巧みに制御できるラインスドルフ、ボストン響の聞かせどころとも言える。2楽章では引き続き巧な木管と弦楽器のレベルの高い掛け合いを聴かせて、あっという間終わる。3楽章ではボストン響のソリスト達の巧な表現力に感服させられる。それでいて室内楽的という訳ではなくきちんとシンフォニーとしての響きを蓄えている。4楽章では非常に細かいパーツを職人芸の様に積み重ねるラインスドルフの技が冴えわたり、こんなに多くの部品が組み合わさっていたのかと驚かされる。名演である。