Opus.92

LPレコードの感想など。

エーリッヒ・ラインスドルフ指揮ボストン交響楽団 ベートーベン交響曲第9番ニ短調作品125「合唱」

とうとうこの全集も最後。第1楽章。時間幅を持った重厚な響きを印象的に聴かせながら、各セクションの対比が効果的に際立つ演奏はラインスドルフならでは。色々な音があちこちから聴こえ重なり合ってくる様は、この曲の複雑な構成を物語っており圧巻ともいえる。スコアを見ながら聴くにはたまらない魅力だろう。コーダの部分での曲を強引に押すような流れは非常に特徴的であり、多くの感動を残して終わる。

第2楽章のような構造的な仕組みで進行する音楽ではラインスドルフの特徴をより強く感じることができる。一つ一つのフレーズを微妙なアーティキュレーションを存分に聴かせる様は、ボストン交響楽団の反応の素晴らしさと相まって飽きさせない。

ゆっくりとしたテンポに設定した第3楽章では、各セクションをかなり自由に歌わせておりのびやかでかつ積極的な表現となっている。楽器のバランスも良く各旋律をクリアに聴くことができる。

第4楽章。冒頭のチェロとコントラバスによる断片的なメロディ部分は、柔らかくかつ凝縮された音で展開され深い味わいを示す。独唱陣ではプラシド・ドミンゴに集まり、実際明るく伸びやかな歌声は充分にドミンゴを感じさせるものであるが、全体にはランスドルフの意向を充分に具体化した統制の取れたバランスとなっている。ただ、途中スケルツォの管弦楽だけで演奏される部分の完成度が高く、そちらの方に耳が惹かれる。 また合唱の重ね方も、これまで幾度も聴かせた弦楽器の重ね方の絶妙さと同様にバランスが整備されており非常に聴きやすい。合唱が鳴っている部分でもしっかりと弦楽器部分を聴くことができ、ボストンシンフォニーホールの響きがその残響の中に充分に楽器群が識別できる要素を保持したものであることが判る。最後は意外なテンポでの後奏で終わる。

これでベートーベンの交響曲全曲を聴き終えた。最初はRCA録音の特徴が掴めずに難儀したが、ラインスドルフの語法に慣れてくるに従って、展開される音楽が非常にシンプルでかつ芸術性に富んだものであるのに気づいてきた。その底知れぬ表現力とそれを支える感覚の多彩さはなかなか巡り会うことはできないものであると感じる。

エーリッヒ・ラインスドルフ指揮ボストン交響楽団 ベートーベン交響曲第8番ヘ長調作品93

ここまで聴いてくるとラインスドルフの語法をたっぷりと理解することができるため、それが第8番の演奏をより魅力的なものにしてくれる。冒頭から素晴らしい和音を聴かせた後、淡々と演奏が進むところは相変わらずであるが、その丹念に計画された表現を積み重ねる手法から、1楽章は意外とトゥッティで鳴っている部分が多いことに気づかされる。この曲の演奏が難しいとされる所以かも知れないが、オーケストラのバランスを巧みに制御できるラインスドルフ、ボストン響の聞かせどころとも言える。2楽章では引き続き巧な木管と弦楽器のレベルの高い掛け合いを聴かせて、あっという間終わる。3楽章ではボストン響のソリスト達の巧な表現力に感服させられる。それでいて室内楽的という訳ではなくきちんとシンフォニーとしての響きを蓄えている。4楽章では非常に細かいパーツを職人芸の様に積み重ねるラインスドルフの技が冴えわたり、こんなに多くの部品が組み合わさっていたのかと驚かされる。名演である。

エーリッヒ・ラインスドルフ指揮ボストン交響楽団 ベートーベン交響曲第7番イ長調作品92

ラインスドルフ劇場のような1楽章。ただし劇場といっても観客は興奮して立ち上がっている訳ではなく静かにラインスドルフの世界観に浸るという感じ。「舞踏の聖化」(ワーグナー)、「リズムの神化」(リスト)、「他のいかなる曲よりも精神的疲労を生じさせる」(ワインガルトナー)などいろいろな表現があるが、ラインスドルフのとらえ方はまた異なるようだ。

交響曲第7番 (ベートーヴェン) - Wikipedia

時を正確に刻む精密機械の時計の内部の構成をじっくりと観察する時計職人のようでもある。それは舞踏といった賑やかな雰囲気ではなく、ベートーベンの芸術と真摯に向き合う真面目な研究者という趣を持つ。

朴訥で穏やかな音楽風景が流れる2楽章も趣がある。杭を打ち込むようなトゥッティを聴かせながら簡素に終わる。3楽章基本的には静かに歌うように音楽が流れる。音量の強弱、特に弱い部分での表現力に富み、フレーズのつけかたも味がある。決して演奏速度が遅い訳ではないのだが、3楽章がこんなに落ち着いた楽章であったのかと思う。ままたまた、レコード盤を替えて4楽章が始まる。音楽へのアプローチは4楽章になっても変わらず、演奏に慎重に丁寧に曲想を追いながら展開される。そのため聴き手は全体を余裕を持って見渡すことができて視野が広く感じられる。この曲全体を通して低弦楽器の音がよく採れておりそれに助けられる。

エーリッヒ・ラインスドルフ指揮ボストン交響楽団 ベートーベン交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」

今年のロンドンは12月に入って少し暖かくなってきた。折角の土曜日だが雨が続いており、午前中は毎年恒例の日本食材店のセールに繰り出したが、午後はイマイチ外出する気にもならない。冬至も近づきますます暗くなってきておりレコード鑑賞には充分な環境だ。

5番が終わって、またすぐに田園がはじまってしまったので、引き続きいて聴いている。レコード盤への曲の収録のされ方がちょっと雑だが、全集ものというのはこういうもの。ただ、ラインスドルフの演奏が続けて聴くことができるような簡素でかつ魅力的な演奏であるとも言える。

1楽章からラインスドルフ的な予想外のテンポや音の重ね方が続くが、6番まで聴いてくるともう驚くことは無くなり、逆に意図する音楽の外枠にきちんと音をはめるボストン交響楽団の巧さをさらに堪能するようになっている。相当良好な関係があったのだろうと推察することができる。どうも聴きこまないと良さが判りにくい指揮者のようだ。

2楽章になると弦の響かせ方の妙に耳が行く。弦のボーイングに細かい指示が行き渡っている様が判るようで、ちょっとした短い音符に輝きを持たせている。

3楽章になるとラインスドルフ節ともいえる、一見そっけないようで、実際には強固な音楽構成に基づいた音楽が展開されて、4楽章にそのまま突入する。こういったテンポが速い部分でラインスドルフらしさが強くでるところが、なかなか他の指揮者では体感できない面白い部分でもある。曲の展開に聴き手がどんどんと引き込まれていく感触である。

5楽章では、第1主題が出てくるまでのバイオリンの細かい音の動きが絶妙でそのリズム感が巧妙に仕組まれている。その後の曲の展開はまるで次々と新鮮で体感したことのないようなリズムが出てくるので、田園の終楽章の未発見な魅力を存分に引き出している。

考えてみれば、ボストン交響楽団がベートーベン交響曲全集をきちんと全曲ステレオでセッション録音したのはこのラインスドルフしか過去に無いのでは無いか?

エーリッヒ・ラインスドルフ指揮ボストン交響楽団 ベートーベン交響曲第5番ハ短調作品67「運命」

第4番に続けて、レコード盤を替えることなく第5番の1楽章が始まったのでそのまま聴いている。非常に冷静であくまで音の純粋な響きを聴かせる。特に、劇的な盛り上げ方をする訳でも無く、淡々と音楽が進むのではあるが、それは間違いなく語りかけてくるような歌であり、何故かラインスドルフのファンになってしまっているような心持ちがする。

2楽章になるとその歌の魅力はさらに広がり暖かく心地が良い。 3楽章ではラインスドルフの絶妙な技が発揮され、特にコントラバスとチェロのトリオでは抜群の運動神経を見せる。第4楽章では、予想通りかなりあっさりとした仕上がりにしならも、輪郭を丁寧に起こしており統率された迫力を存分に聴かせてくれる。トスカニーニ的とも言える。

エーリッヒ・ラインスドルフ指揮ボストン交響楽団 ベートーベン交響曲第4番変ロ長調作品60

長い間、ムーティ、フィラデルフィア管の全集を聴いていたが、久々にラインスドルフの録音に戻ると、ムーティのEMIの録音の悪さが余計に感じられる。確かRCAの録音状態も良い訳では無かったはずだが、非常にまともな録音に感じられる。

ムーティと比べて、同じアメリカのオーケストラだが、響きはかなりドイツ的でもある。全体的に間延びの無い淡泊とも言える音使いだが、それが軽快で面白い。若いムーティの突き進むような軽快さとは全く異なり、音の処理の仕方に独特の意思の強さがあり、ラインスドルフ的なベートーベンを感じることができる。

ボストン交響楽団の響きはやはり美しく落ち着きがある。これもフィラデルフィアの鮮やで多彩な色彩感覚とは全く趣が異なり、これも愉快である。私は、欧州的な響きを持つボストン響の方がしっくりとくる、というか安心感がある。例によって1楽章の主題部分など予想外なテンポが時々現れるが、極端に不自然ということでは無く、逆に意外と丁寧に隅々までボストン響を鳴らしており、音楽構築も、全ての柱や梁をはっきりと目で確認できるようであり、実に玄人好みの演奏する指揮者と感じる。1966年録音。

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リッカルド・ムーティ指揮フィラデルフィア管弦楽団 ベートーベン交響曲第9番ニ短調作品125「合唱」

1988年の録音。音楽の構成が素晴らしくムーティの音楽解釈の巧さがよく出ている。明快なリズム感とそれに追随する弦楽器群とティンパニの絡みは1、2楽章ととても面白く飽きさせない。第3楽章の弦楽器の美しく時間をたっぷりと蓄えた響きは期待通りで堪能できる。

第4楽章の前半のオーケストラ部分も引き続き素晴らしいが、やはりテノールから始める合唱部分はその歌手陣の実力もあり、エンジンがさらにかかってくる。合唱の重ね方が絶妙で美しく響かせる。

EMIの録音状態に問題があったベートーベン全集ではあったが、やはりムーティとフィラデルフィア管弦楽団の充実ぶりを体感するには充分な内容であったと言える。